ユングの性格の定義、無意識に習慣的にやってしまう考え方の癖

性格パターンと人間理解の極意

それでは、ユングが提唱する
タイプ理論を物差しとする

多くの人々に共通する性格のうち
特徴的に現れるものの類型

というのは、

具体的にはどういうものでしょう。

簡単に言ってしまえば、

「感情的になりやすい」
「理屈っぽい」

などと言った、

性格の分かりやすい特徴別
による分類のことです。

ユングは性格を
どのように定義したのか?

私たちはこの性格という
言葉を日常的によく使います。

「あの人は良い性格をしている」
「あいつは嫌な性格だ!」

とか、

日常で個人の特質を言い表したい時に
よく登場するのがこの単語なのです。

では性格とは一体なんなのか?

その質問にズバッと答えを出せる人は
あまりいないでしょう。

ユングによる性格の定義

性格の実体はどんなものか?

このサイトではこれまで
様々な角度から考えてきましたが、

ユング自身は人の性格(人格)を

「習慣となって形成された心の働き」

と説明し定義しています。

つまり、

その人がついしてしまいがちな
考え方の癖のようなものということです。

私たちは日常生活の中で意識せずに
行っていることが無数にあります。

例えば、

入浴の時に左右どちらの足から
浴槽に入るかなど、

靴を履くとき左右どちらの
足から履くか。

など、人によって
だいたい決まっているのですが、

どちらかと聞かれて即答できる
人はあまりいないでしょう。

他にも挨拶の時に、
頭の角度は何度くらいにしているか、

食事の時まず何から手を伸ばすか、

など、誰かに問われて
自覚して答えられる人は少ないでしょう。

つまりこれらはすでに
癖になっている行動ということで、

改めて考えたり意識して
行っていることではないからです。

行動だけでなく思考や感情も
一定のパターンを持つ癖となります。

朝起きてまず何を考えるか。
仕事のやり方の順番。

人と会ったら何を喋るか。
どういう場面で怒ってしまうのか。

など、

性格というのはこれと同じ
ような面を持っているのです。

何かの出来事や物事に接した時に、
知らず知らずのうちに起きている心の動き、

習慣となっている心理機能が
その人の性格を形成しています。

人はそれぞれ違うのはなぜ?

つまり自分が無意識に行っている
物事への反応の仕方が、

その人の性格だという訳です。

これがユングによる性格の定義です。

目の前の現象はひとつしかなくても、
その解釈は人の数だけ存在します。

例えば、

幼い子供が目の前で転んだとします。

それを見て

「あぁ、かわいそうに、痛かったろうに…」

と思う人もいれば、

「おや、石につまづいたんだな。
注意力が足りない子だな」

と思う人もいるでしょう。

「膝を擦りむいているから
手当が必要かな。病院までは不要か」

と咄嗟に考える人もいれば

「目に前で子供が転んだということは
これから自分も注意しなければという
何か特別なメッセージかも。。」

と神秘的な解釈をする人もいるかもしれません。

性格はただの癖

こうした1つの出来事に対して起こる
様々な違った反応というのは、

一人一人の性格、つまり
心の働きが違うために起こるのです。

つまり、

全く同じものを見ていても、
人の頭の中では全く違う世界観が。
存在します。

なぜ人は争ってしまうのか。
なぜうまく物事が進まないか。
ミスコミュニケーションが生まれるのはなぜか?

ここに様々なヒントがあります。

先ほどの子供への反応、

落ち着いて考えればどの解釈も
自分はできると思うでしょう。

もちろん誰しもが
複数の考え方を持ちます。

しかし咄嗟に反応するパターンは
ある程度、固定され決まっているものなのです。

人間の脳の神経はパターンを繰り返すと
固まり、癖になり、当たり前になります。

性格とはただの癖ではないか。。

そして大切なのは、

性格がただの癖として出来たのものであれば、
変えられることも可能なのではないか?

と。。

或いは、変えないにしても、ある程度
コントロールできるものではないか。

心理機能を追求する
意義の一つはここにあります。

性格に振り回されるのではなく、
自分が性格を支配すれば、
人生は変わります。

では、

こうした心の癖、習慣となっている働きは、

どのように形成されるのでしょうか。

次回これを詳しく見てみましょう。

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