エニアグラム、タイプ2のブロックはプライド

エニアグラムを真に活用するために、

性格はブロック、囚われであることを知る

人を献身的に助け、愛情を注ぐことは
確かに悪いことではありません。

しかし、心の本質的な全体的なものからすれば、
性格というのはあくまで部分的で表面的なものなのです。

一部に偏りがあれば、他の部分にひずみが生まれる。

性格の特徴に光を当ててしまえば、
必ず影の部分もできてしまうものです。

エニアグラムのタイプ2が、自らが他人の人生において、
愛や価値を生み出している。

そうとみなそうとする自我の働きは、
影としてプライドとして現れます。

「私がいなかったら、あなたは今頃どうなっていたでしょう?」

これがタイプ2のブロックであり、
囚われなのです。

本物の愛や価値というのは、
私たちの本質の一部なのです。

私たち人類は誰もが真の心と繋がった時
自然に出てくるものなのです。

しかし、現代社会で生きる私たちは
誰もが本質のエッセンス、真の心と分断されて
生きてしまっています。

私たちはこうした本質とつながりを感じられない時、
空虚感を感じ、無価値観を感じます。

そしてタイプ2にとって、プライドが
こうした痛みを伴う気持ちを覆い隠す
自我の生存戦略となってしまうのです。

そして、

そのプライドは多くの場合。
「へつらい」によって表現されます。

プライドに支配されたタイプ2は
他人を褒めなければならないと思い込みます。

相手を受け入れ、共感し、褒める。

こうした肯定的な相手への関心は、
自分にも帰ってきて欲しいという
無意識の欲求を持っています。

自分はいかに優しく寛容で、愛情深いかを
他人が理解し、同じように自分にもして欲しい
と願ってしまっているのです。

だからタイプ2は不安定になる程、
自我が健全に発達していないほど、
他人にへつらうことで心を満たそうとします。

感謝され、評価され、褒められたい、
持ち上げられて必要とされたいという
希望を持って他人にへつらうのです。

ただ現実的に、その願いが
完全に叶うことはありません。

エニアグラムのすべてのタイプが不完全であり、
性格は一部への囚われなのです。

その表れが違うだけであり、
どのタイプも満たされることはありません。

全体性へ戻ることでしか
真に心を満たされることはないのです。

どんなタイプにとっても、
プライドは自分自身の心の傷を認めたり、
助けを求めたりしたくないことの現れです。

自分の苦しみや空虚さ、ニーズが
どれだけ強いかを認めたくないということです。

そのプライドの結果、タイプ2は
相手を問わず、心の傷の面倒を見ますが、
自分自身の傷だけは無視します。

「私は大丈夫、何もいらない。
私はあなたの面倒を見るんです!」

プライドは、タイプ2の心を守る
防衛戦略ということなのです。

フィーリングセンターに属する、
タイプ2、3、4と同じく、

タイプ2の愛情あふれるセルフイメージは、
ネガティブな感情を覆い隠すものです。

恥、悲しみ、敵意、という深い感情を
隠すためのものなのです。

それを直視しないまま生きてしまうと
自分自身の気持ちも分からなくなります。

「私は大丈夫。あなたを助ける」

というプライドが邪魔をしてしまうのです。

自分の心を見つめる作業に取り込まない限り、
タイプ2はあらゆる気持ちを表現することが
難しくなります。

プライドが自分の心の傷、痛みから
守るためのものだったわけですが、

プライドがあるために、人から愛や共感を感じること。
傷を実際に癒すことができなくなるのです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました