性格分析で終わらない、スピリチュアルな目覚めのきっかけに

性格パターンと人間理解の極意

これまでエニアグラムの発展の
経緯を振り返ってきたわけですが、

エニアグラムの中核にある真理は、

「私たちは性格をはるかに超えた存在である」

という事です。

性格の類型論(タイポロジー)でありながら、

単なる性格判断をして占いのように
楽しむというものではないのです。

それぞれのタイプごとの特徴を見て

「確かに当たっている!」とか
「あの人はそういう性格だよね」

と確認して終了というものではないのです。

また、

「性格には長所と短所があるから
足りない部分は補って、強みを生かすよう
人生に円滑な人間関係のため活用しよう!」

というのも部分的な活用法です。

もちろんとても役に立つ考え方ですが、
それは性格心理学の本質的な目的ではないのです。

性格分析はスタート地点に過ぎない

性格というのは、

誰もが持つ大きな可能性のうちの
馴染みのある限定された部分にすぎないのです。

タイプに合わせるのではなく、
タイプを知り、それを超えていく。

それが本質的な活用法です。

エニアグラムはその深みに導く
地図のようなものであり、

性格タイプの特徴というのは
その入り口にしか過ぎません。

多くの人がスタート地点にとどまっています。

そうではなく少しずつでも良いので
深みに入っていってほしいと思います。

エニアグラムでは、

私たち一人一人は、性格という限界を超え

「本質(エッセンス)」

と呼ばれるほとんど認知されていない、

大きな広がりとしての存在
(Being or Presence)

として生きる事を目指す。

…という教えがあります。

気づきを繰り返し、性格から本質へ、
トランスフォーション(進化)を遂げる。

肉体、精神を超えた魂の成長に至る…

その可能性に気づいてほしいのです。

目覚めのきっかけにする

スピリチュアル的な表現をするなら、

私たち一人一人が奇跡を実現する
聖なる輝きを個人レベルで表現する。

誰もがより高次の存在(神と呼んでも良い)
と繋がる経験をする可能性を持つもの

と言っても良いかもしれません。

ただ、

私たちは日々の忙しい生活に埋れ、
この根本的真実を忘れてしまうのです。

理想を忘れ、現実の生活に、馴染み深いやり方に
目に見える分かりやすいものに飛びつくのが
私たちの習性かもしれません。

本来、無限の可能性を秘めている
自分を制限して生きてしまっています。

つまり、

「あなたはその性格(例えばタイプ1)
だからこういう行動をする」

ということではなく、

「あなたはその性格に逃げ込んでいるだけ」

とも言えるのです。

本来持っている自分の本質を忘れ、
眠ってしまっているようなものです。

性格で仮想の自分を繕いそれを
アイデンティティにしているだけ

なのです。

それが性格として現れ、

興味深いことに人類はそれがほんの
わずかなパターンにはまり込むものです。

だからこそ真の活用法は、

タイプを知って枠の中に安心する。。

のではなく、

それを起こす、目覚めるきっかけとして、
エニアグラムや性格パターンを活用するのです。

物質と心の融合の時代

また、時代の流れもあります。

1950年代、アメリカで反映したヒッピー文化、
消費主義や物質主義への強烈な反発があった時代。

この時代からエニアグラムは徐々に浸透します。

アップルのスティーブ・ジョブズも
ヒッピー文化の申し子であるように、

スピリチュアリズム思想も、
常に流行り廃りを繰り返しながら、

それからも、人類の思想の変化は
紆余曲折経て現代に至るわけですが、

様々なスピリチュアルな思想も
生活や常識として根付いていると同時に、

そうした深い知恵も表面だけで捉えられ
誤解や偏見を生んでしまっているケースも多いです。

情報化が進んだ現代社会は、

極端な物質主義でもなければ
極端なで過激な精神思想も流行らない、

今こそ科学と宗教も融合を
目指す時代なのかもしれません。

そんな中で、性格をきっかけに
そのどちらにも橋をかけるツールとして、
エニアグラムを活用するのは意義深いはずです。

エニアグラムも最初は、自分を
タイプに合わせる使い方をするでしょう。

でも本質的には、

こうした魂、スピリチュアルな部分に導く
ツールであることを忘れずにいてほしいです。

性格分析で終わらすのは勿体無いです。

人生を統合的に豊かにする、心と体、
そしてスピリチュアルな目覚めのきっかけに
どんどん学び活用していきましょう。

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