エニアグラム、タイプ1のブロックは怒り

 

エニアグラムでの性格をポジティブに捉えると
ありのままの自分が見えなくなります。

改革者であり、完璧主義者
理想に生きるタイプ1は輝いて見えますが、

性格はあくまでもブロックと考えれば、
タイプ1は、怒りの人となってしまいます。

自分の理想の生き方ができないことで、

自分自身に対してだけでなく、
怠惰な他人、無責任に見える他人に対しても、
怒りを覚えてしまうのです。

性格は全体の中の一部ですから
必ずその願い通りにはいきません。

エニアグラムのタイプ1の成長レベルによりますが、

不健全であるにつれ、誰が、また何が正しく、
何が間違っているか判断できるのは自分だけ
と思い込んでしまいます。

そしてさらなる怒りを他者に向けます。

他の人たちは皆責任を負わず、
楽しんでばかりいると感じてしまい
より怒りっぽくなるのです。

自分だけが正しく、周り間違っている、
それが怒りとして現れてしまうのです。

「なぜあの人たちはいつも〇〇」
「なぜ自分だけがいるも〇〇」

と思ってしまっている場合、
エニアグラムタイプ1の囚われ、
不健全な思い込みに縛られているかもしれません。

理想のシャドー、影として怒りを覚えるのです。

 

もちろん人間にとって「怒り」が
必ずしも悪いものではありません。

私たちの身の回りにあるもので、
好ましくないこと、望ましくないもの
があるときに自然と沸き起こる感情です。

怒りという感情があるからこそ、
肉体的にも道徳的にも魂の部分でも、
自分を守ることができます。

怒りというのは人の尊厳への攻撃に
抵抗するための一つの方法です。

襲われそうになる動物が牙をむいて威嚇するように
怒りがなければ生きることはできません。

だかこそ、

私たちは怒りが湧いたとしても、
そのまま体験しきれば、

一時的なものとして怒り、やがて冷めるものです。

怒りに囚われず、抵抗せず、そのあるがままに任せれば
普通、波のように去っていき、通過していくものです。

 

しかし、私たちは通常生きる中で
何かの感情にとらわれ、しがみついてしまいます。

また、「怒りは良くない」悪と捉え
怒らない、怒りはないと我慢したり、飲み込み
抑圧化してしまうことも、

囚われ、抵抗となってしまうのです。

怒りにしがみつくと、それは体の中で
脅迫的思考、感情の収縮、身体的緊張が増し、
持続してしまいます。

何か出来事があって、怒りが湧いたとして、
そのパターンが自然に消滅したとしても

怒りの根源は体に蓄積したままです。

大抵、筋肉の緊張、体のコリや痛み、
睡眠障害や歯ぎしり、爪噛み、貧乏ゆすりなど
習慣的行動として現れます。

 

「怒り」から生まれる行動パターンは
エニアグラム、タイプ1の特徴なのです。

タイプ1は、怒りを認めることが大事です。

ネガティブな気持を抑圧したり、
正当化しようとせずに、

怒りを感じることを学ぶほど
うまく成長することができるはずです。

世の中理想通りにはいかないものです。

自分も他人も認めることです。

大抵の場合、タイプ1のパターンは

理想を望む→理想通りにいかない
→怒りが湧く→怒りを出すことは理想ではない
→ブロックとしてエネルギーが内側に溜まる
→気づかないうちに自分と他人に不満を抱く

というケースに陥ってしまいます。

まずは気持ちをオープンにすることです。

大切で信頼できる身近な人に
自分の怒りについてオープンに語ることも
タイプ1の人にとって大きな癒しになります。

そして、鬱積した怒りに取り組むことを
学ぶ上での建設的なステップになります。

 

ただ、タイプ1の人は皮肉なことに
自分の怒りに気づいていない傾向にあります。

彼らは怒りを純粋なままの怒りとして
体験することはありません。

理想主義な自我が「感情的になりすぎる」
ことを禁じてしまうからです。

起ることはコントロールできなくなる
つまり完璧ではないからです。

タイプ1はこうした怒りのアドバイスに
否定してくることが多いです。

「私は怒っているわけではない!
ただ正しくやろうとしているだけだ!」

これがエニアグラムが本来伝えたい
性格の意味なのです。

どんなタイプであれ、自分を否定することは
自我が抵抗するから変化は難しいのです。

「あなたは改革者で完璧主義者」
と言われ強い反応はしません。

「あなたは怒りに囚われています」
と言われると強く反応してしまうのです。

しかしこれは表裏一体です。

エニアグラムの本当の効用は
自分を深く見つめるツールとなるのです。

 

 

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