前回までに紹介したように、
幼少期に両親から受けた傷、
これが私たちの性格に大きく影響します。
本来の自分から、環境によって
条件づけられ、制限されます。
こうして私たちは
「自分」というものを形成し、
アイデンティティを作り、
性格は強固になっていくのです。
大人になり、その性格=自分
として生きるようになります。
でも、
ここで覚えておいてください。
あなたの過去がどうあれ、
どんな環境で育ったにせよ、
子供時代の大きなトラウマな体験ですら、
私たちの本質を傷つけたり、
破壊することはできません。
誰しもが持つ大切なもの
これが人類の心が持つ共通のルールであり、
エニアグラムで伝えるべき
最も重要なことでしょう。
性格=あなた
ではないのです。
私たちが本来持つ本質というのは、
性格構造によって、影響を受けたり、
収縮し、曖昧になってしまってもない、
純粋で汚れのない状態と言えます。
こうした本質を私たちは
心の中に誰しもが持つのです。
エニアグラムのメッセージは、
性格タイプを知り、都合よく生きる
うまい生き方を指し示すものではなく、
性格は囚われであり、
本質に気づく手段である。
といことです。
もちろん!
性格が環境によって変わるのは事実です。
大なり小なり人は心の傷を抱えています。
全ての人が同じ時間で、やり方で
本質に気付けるわけではありません。
トラウマあれど…
もし私たちが、かなり
不健全な家庭で育ってしまったら、
その性格構造は極めて硬直した
制約の大きいものとなりがちです。
より健全な家庭で育ったならば、
性格構造は、緩やかで
柔軟となるでしょう。
そういう意味で、遺伝によって、
環境によって変化のスピードなどに
影響が出るのは事実です。
ただし、
かなり不健全な家庭で育ち、
幼い時の体験がどれほど辛い
ものであったとしても、
トラウマを受け、自分の殻を硬くしても、
私たちの中にある本質的自己は
全く損なわれておらず、
常に姿を表す方法を探しています。
魂は決して変わらないものです。
これからそうして心を解き放つ
プロセスも語っていきます。
エニアグラムを理解することは
そのための良いルールとなるはずです。
自分を見つめるのは簡単?
本来の自分への気づき。
簡単な道のりではないかもしれません。
最初のうちは、あなたのこれまでの
心と体の成長過程で生じた
欠落部分に取り組むのに、
かなりの時間と労力を
費やすかもしれません。
自分を見つめる作業は楽ではありません。
目を背け、これまで通り偽った自分で
生き続ける方が楽と思うかもしれません。
性格という偏りに身を任せ、
真実に目を背けたくなるかもしれません。
けれども…
私たちの存在の核の部分は、
「本質のあなた」はいつも「あなた」を
見守り、一番側で支えてくれています。
きっかけは常にあります。
チャンスも無限にあるのです。
本当の意味で、私たちは自分自身
になる機会を待っているのです。
私たちのスピリットは常に、
自由になり、自己表現し、生命力を取り戻し、
本来の姿で世界にありたいと願っているのです。
「自我から真我へ」
洋の東西を問わず、宗教や哲学界の
賢者たちが伝えたかったシンプルな教えは、
こういうものだと私は思います。
究極に旅へ出かけよう!
最終的に自分なのです。
敵は誰もいないのです。
それに気づけば良いだけです。
ただ、
本来の自分になるのは
それほど簡単ではないのです。
皮肉なことに私たちはいつも、
内側にある最もリアルなものに自らを
開いていくことを恐れ、抵抗します。
深淵なる心の興味深い仕組みです。
内側の性格だけでなく、
外側の社会的固定概念も、
本来のあなたへ戻ることを邪魔する
ように感じるかもしれません。
けれどもそのプロセスを信頼し、
自分自身を委ねる時に、
本質が現れ始めます。
そして、
誰であれたどり着くことができます。
その結果は、
真の高潔さ、愛、真理、悟り、
真正、創造性、理解、導き、喜び、力、
調和、慈悲、真の落ち着きなど。
言葉は違えど、人類が残してきた
至高の境地を表す言葉が腑に落ちる
ことと思います。
普段の私たちは、これらの資質は
全て性格そのものが与えてくれると、
誤った期待を抱いていました。
エニアグラムの理解が進むにつれて
性格は部分であり、不完全であり、
囚われであることが徐々に分かるでしょう。
これはあなた自身のジャーニーです。
自分探しの究極の旅。
焦る必要はありません。
ゆっくり進めて行きましょう。


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