エニアグラム、タイプ7の不安反応、ブロックは貪欲

人間誰しもが欲を持っていますが、
それも過剰であれば、問題となります。

キリスト教でも大罪の1つとなっている
貪欲というのは文字通りの意味は、
食べ物をお腹いっぱい詰め込みたい欲求です。

タイプ7は、ポジティブで活動的、
一緒にいて楽しいタイプですから、

もちろん素晴らしい側面があります。

が、同時にそれはダークサイドでもあるのです。

タイプ7は、あらゆる身体的な快楽を
過剰に追求するとともに、
過度の飲食の問題を持つこともあります。

だからと言って、貪欲の文字通りの
解釈は当てはまることもありますが、
もう少し抽象的に比喩的に捉えましょう。

エニアグラムは全て同じ原則ですが、

心の盲点、不安を埋めようとする態度として
性格は現れてくるのです。

物質的であったり、体験的であったりしても
内面の空虚さを埋めようとするのです。

貪欲は、欲求不満や空虚感や欲望が出るとき、
自分を物質的満足でいっぱいにしたいという
「感情的」な反応なのです。

例えば、同じ食事をするでも
生理的反応であれば、栄養をとれば
体は満足するようになっています。

しかし、心の空虚さを満たそうとして
何かを飲食しようとすれば、それは
全く違うものになります。

タイプ7は、ニーズや空虚感を抱えている
気持ちを直接味わうことを避けてしまいます。

それよりも身体的快楽と刺激によって
気をそらし、不安から逃れようとします。

子供時代からの潜在的な感情の歪みが深いほど、
満足するだけの十分な体験をしている
と思いにくくなります。

自分を完全に満足させるためには、
もっと体験、刺激を味わわなければ、、
と思い込んでしまいます。

そして、貪欲という囚われに陥るのです。

タイプ7は、自分自身を不安から守るため
頭を一体にしておきたいのです。

記憶のメカニズムから言えば当然ですが、

何気ない平凡な日常のことよりも
何かしらのイベントの方が記憶に残ります。

つまり、刺激が強い方が頭に残ります。

強く印象に残るものでない限り、
感情的情報を取り入れにくくなります。

これを過度に求めてしまうのです。

タイプ7のアイデンティティは

「頭が興奮し続けること」からくるのです。

彼らの思考の中身は、刺激の程度や
期待される満足ほど重要ではありません。

入り込んでくる印象が頭に残り、
満足するように再び強い刺激を求めます。

現代社会は幸か不幸か、
際限のない刺激を求めても、
それに応えてくれる環境が整っています。

そしてそれを正当化させる要素が
たくさん罠として配置してあるものです。

彼らのアイデンティティは、
刺激を受け続ける状態で安定するので、

自分自身にあまりブレーキをかけず
いかなる制限も嫌う傾向があります。

衝動や欲求が湧いた時に
自由に反応したいのです。

しかしエニアグラムの囚われ、ブロック
の全てがそうなのですが、

結局貪欲は自分を破滅させます。

部分が全体を満たすことはないのです。

さらにタイプ7の囚われである貪欲さは
心身を物理的に傷つけることが多いです。

病気になる、怪我をする、精神的ダメージ、
人を傷つける、借金を背負うなど。

様々な問題が残ってしまうのです。

タイプ7が幼少期に奪われたと感じる
何かを埋めようと、むやみに詰め込むほど、
皮肉なことに不満足になってしまうのです。

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