確かに、前回まで紹介した通り、
性格は私たちの囚われ、
問題を起こす原因と言えます。
が、
エニアグラムは、
性格そのものをなくそうとするため
にあるのではありません。
そもそも生きる上で、自我、個性を
完全に手放すことなどできないでしょう。
仮に性格をなくすことが
可能であったとしても、
それはあまりメリットが
あることとは言えないでしょう。
性格をうまく使いこなすことに
エニアグラムの真の意義があります。
性格を手放せば、
アイデンティティを失うとか、
自分の能力が失われるとか
恐れる必要はありません。
実際には全くの逆で、
自らの本質につながるとき、
性格は失われるのではなく、
むしろあなたをサポートするのです。
視点が増えるのが最大のメリットです。
透明感が増し、柔軟度が増え、
人生が生きやすくなります。
もちろん、仕事でもプライベートでも、
色々な面でうまくいく場面が増えるでしょう。
全体を知らない部分と
全体を知った上での部分。
同じ部分でも大きく違います。
性格は消せない、が使いこなせる
あなたは深いレベルでの自分に気づき
性格は囚われに過ぎないことに気づき、
その結果、ある一定の性格に
戻ることになる可能性が高いです。
タイプ1は恐らくずっとタイプ1
タイプ5もタイプ9も全て戻ると思います。
でも、それは元の性格とは
同じようでまるで違うものです。
性格は私たちの人生を支配するのではなく、
助けるものになります。
いわゆるノッテいる状態
フロー状態であったりピークパフォーマンスを
感じる瞬間というのは、
私たちがまさに「今ここ」
に存在し、目覚めている時なのです。
それに対し、
性格の防御システムが
働いてしまうと
往往にして物事を見落として、
間違いを犯し、あらゆる問題を
作り出すことになります。
例えば、
あなたは旅行に行こうとしています。
そこで未知の国への不安を
強く感じてしまっていた場合、
間違った洋服を詰めたり、
大切なものを入れ忘れたりします。
私たちは状態によって結果が左右されます。
自分の奥にいる自分
だからと言って常に良い状態に
いる事は現代社会では難しいです。
だからこそのツールが必要なのです。
自分がどこにいて、どうやって、
どこにいけば良いか?
精神の地図がエニアグラムです。
日々のプレッシャーの中で
どうやってリラックスし、
「今ここ」にとどまることかを学べば、
人生をもっと楽なものにすることができます。
性格というのは、偏り、部分です。
通常その部分にアイデンティティを感じ、
自我を形成してしまうものです。
でも、それを手放し本質に近ずくと、
部分の性格は、本来の自分全体から
見てもっと小さな部分になります。
もちろんそれでも性格はまだ残りますが、
その奥には、
部分の性格に駆り立てられるのではなく、
性格を乗り物として使うような
よりアクティブで知性的な客観性のある
存在があります。
これが東洋でいう真我でしょうか。
「我思うゆえに我あり」
自分を見ている自我が奥の方に存在する。
だからこそ人間の意識なのです。
自らの本質とさらに
同一化、一体化すればするほど、
私たちはアイデンティティを失うどころか、
本質的な自分を見つけることになるのです。
自分を取り戻すには時間がかかる
ただし、
1回ないし数回の目覚めの体験だけで、
性格との一体化、同一化から
解放されるとは言えません。
もちろん自己実現の瞬間のたびに、
私たちはある程度、質的変化を
遂げることができるでしょう。
しかし意識の広がりを持って
機能するようになるまでは、
多くのこのような体験を
必要とするのです。
ドラッグのように一瞬だけ
悟りのような感覚を得ることがあっても、
それは悟りではないはずです。
人間はカップラーメンのように
単純なものではないのですから、
時間をかける必要があります。
とは言え、
体験が蓄積するにつれ
私たちのアイデンティティは、
次第に開かれ、
本質的性質をより多く
含むようになります。
深い体験をする能力が生み出され、
器が大きくなり、
スピリチュアルなものを恒常的に
感じることができるでしょう。


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