オタクという言葉が世の中に
現れて久しいですが、
少し調べてみると1970年代
に生まれた呼称のようで、
もう50年ほど経つという事に
素直に驚いたのですが、
日本における言葉の定着ぶりは
言うまでもないわけですが、
今では海外でも「Otaku」 という
言葉が通じるようです。
元々は何かにこだわりを持つ
少し変わった人を指す蔑称でしたが、
今ではそうとも限らないようです。
私自身「健康オタク」を
自称しているのですが、
それを恥ずかしがる感じ
ではありません。
その特徴としては、
その分野の追求の為に多くの
時間とお金を費やすということです。
あるホームページに書いてあり
大変興味深かったのが
「強い関心や興味を持つ
という点ではオタクはマニア、
知識人、学者とあまり変わらない」
私自身が学者ではないので
好き勝手なことを言わしてもらうのですが、
好きな分野の人生の多くの
時間とお金を費やし探求する、
それを職業にしている人が学者、
好きな事に多大な時間と
お金を費やすのは同じですが、
それを職業にしていないのが
オタク…
といった差しかないのかもしれません。
健康の優先順位が一番高い
一方で、自分の健康や
自分の身体にほとんど興味のない
無頓着な人もいます。
正確には、
興味がないのではなく
優先順位が低いのでしょう。
私は以前、ある心理学の
ワークショップに参加したときですが、
そこでは、
今の自分にとって大切なものを
順位付けして10個並べる
というワークがありました。
そこで参加者の人たちが挙げたのは
概ね同じようなもので、
家族、仕事、お金、愛、時間
そして健康などでした。
私はその中で何をおいても
まず健康が一番と書き出しました。
私の考えでは、
身体が健康でなければ
人生では何もできないから
というシンプルな理由からです。
今たとえお金がなくても
仕事がなくても、
身体さえ健康であれば
何とかなる。
家族や愛であっても
健康でなければ自分も家族も
誰も幸せにはなれない、
逆に健康を損なえば
人生で何もできなくなる
こうした考え方は誰もが持っていて、
きっと誰もが一番目に
健康を書き出すのだろうと
思い込んでいました。
しかしその予想は外れました。
もちろん健康を優先順位の
一番に据えていた人もいましたが、
それはどちらかと言えば少数派でした。
何が一番多い答えだったかは
忘れてしまったのですが、
健康が一番ではない
というのは私には意外でした。
人には色々と価値観がある事が
再認識できたわけですが。
人生の価値観の優先順位は人それぞれ
そのワークでは、
それぞれが自分の順位付けに
ついて説明して行くのですが、
聞いていて分かったのが、
人はその時々の置かれている状況、
年齢によって大切な価値観が
変わるという事です。
以前はこれが一番だったけど、
今はこれに価値を置いている、
でも将来は恐らくこれが
一番になるだろう
といった具合です。
確かにそのときみんなが言う事は
全て理解できたのですが、
「でもやっぱり健康でしょ」
と強く想ってしまったのも事実です。
やはり健康オタク歴が長いからか…
私にとっては今も恐らく
将来も変わらない考え方です。
健康がなければ他のどんな
アクティビティも楽しめないからです。
お金も仕事も家族も愛も友情も
健康という土台の上に成り立つ
ものだからです。
だから私にとって人生の
優先順位はやはり健康なのです。
健康の価値観が高い人、低い人
世間では、
「今は」という条件付きとしても、
健康が人生の優先順位の
下位にくる人は、
どちらかと言えば男性の
方が多い気がします。
それも年齢が若い人なら
まだ理解はできるのですが、
若いときから健康に注意し、
それに時間とお金を費やすのは
逆に不健康な気もします。
若いうちは病気の不安はないですし、
身体の回復力も凄まじいからです。
私が知っている部活に励む
高校生たちは、
怪我の治癒力はもちろん、
疲労の回復力においても
やはりずば抜けています。
そうなれば健康への価値観が
低くなるのも分かります。
しかし、
中年期以降にさしかかれば、
強がりをいくら言っても
自ずとその身体には多少の
劣化を感じるものでしょう。
そしてそのメンテナンス次第で
将来の人生は大きく変わるのです。
健康オタクの人、健康に無頓着な人の特徴
そう頭で理解していても
やはり健康に留意しない人もいます。
身体の価値観が低い人がいます。
確かに、ほんの一握りですが、
年を取っても身体の年齢的に
若く健康な人も存在します。
お笑い芸人の明石家さんまさんは
年を取っても仕事と遊びも
ペースを変わらず続けていても、
病気一つせず
風邪すら引かないようです。
が、そういった人は
特殊なケースであり、
ほとんどの人は
身体の変化に気づいていても、
見て見ぬ振りをして頑張って
がむしゃらに働く人もいます。
薄々気づいているものの
仕事や生活に追われて無視してしまう、
こういうタイプが最も
危険な事は間違いありません。
そして、
身体の変化そのものに
気づかない人もいます。
こういった人を私は
「健康オタク」の対極にいる
「健康無頓着」と呼んでいます。
彼らは決して健康とは言えないものの
あまり身体の変化に気づかないのです。
現代人は健康に鈍感になっている
そして興味深いのは、
健康オタクは、
流行にも敏感ですし
身体にも敏感、
健康無頓着は身体に関して
全てにおいて鈍感…
というイメージを持たれる
かもしれませんが、
実は種類は対極にいれど、
どちらも鈍感なタイプなのです。
健康オタクの多くは、
興味に任せて、色々なものに
手を出すのですが、
何が自分に合っているかを
身体で感じる能力が弱いのです。
つまり体の声に鈍感なのです。
なのでいつまでも何かを求め続けます。
本当にこれというものに出会えたら
それを続けた方が良いのです。
一方で健康無頓着の人は、
本当に身体の変化に気づかないので
本物の鈍感と言えるでしょう。
また実は変化に気づいている
という点では鈍感ではないものの、
それを無視して頑張り続ける…
という意味ではやはり
鈍感だと言えるでしょう。
つまり現代人は健康に鈍感な人
ばかりなのです。
痛みに鈍感な人、敏感な人の特徴
身体の仕組みを良く理解して
体の声に耳を傾けられる
ようになってくると、
色々な事が分かってきます。
例えば痛みをどの程度感じるか
というのは人それぞれで、
その境界となる値を
「閾値(いきち)」
と呼びます。
その閾値が高い人、
つまり痛みに強い人というのは、
言い換えれば痛みに鈍い人です。
こうした人は健康にも
無頓着になりがちです。
だから少々の無理が利く
身体を持っていると言えます。
頑張りが利くという点で、
バリバリ働く働き盛り世代には
最高の身体のように思われる
かもしれませんが、
その閾値が高い分だけ、
限界に達した時にはかなり
ひどい状況というパターンが
多いので注意喚起が必要です。
逆に、痛みの閾値が低い人は
いつも 「痛い、痛い」と騒ぐ割には、
たいした事がないパターンです。
健康オタクもこうした
敏感さから生まれる事があります。
これは敏感を通り越して
「過敏」な人でしょうが、
どちらが良いかと聞かれれば、
どっちもどっちなのですが、
やはり心配なのは閾値の高い人
でしょう。
自分の身体を見て見ぬ振り
というのが一番危険でしょう。
健康の優先順位を高めよう
私自身健康オタクから、
知識に振り回された経験を経て、
身体に耳を傾ける
本能に根ざした生き方をして
人生が変わってきました。
これから自分の身体を変えて行きたい、
自分の体と向き合い
体の声に耳を傾けていきたい
とする人のお手伝いをする事が
私の楽しみの一つなのですが、
そうすれば必ず身体は変わりますし、
健康レベルは良い方向に行くはずです。
ある一定の目指すべき
到達ラインがあるとして、
そこにたどり着くまでに
かかる時間は人それぞれ
かもしれませんが、
自分の身体を感じ取れない人は
世の中には一人も存在しないと
思います。
中には根気よく時間をかける
必要がある人もいるでしょう。
しかしそういう人もある時に
突然ブレイクスルーして、
それを境にぐんぐん見違えるように
変化して行くものです。
健康オタクだった人も、
健康に無頓着だった人も、
健康の価値観を再認識し
優先順位を高めてほしいと思います。
そして自分の身体を感じ、
声を聞き、それ楽しむのは、
人生の幸せと言えるのではないでしょうか。


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