「自我を確立する」から「自我を手放す」へ人間的成長の価値観

性格パターンと人間理解の極意

あなたは物が捨てられますか?

イエスと言う人もいればノーという人もいるでしょう。

しかし、

あなたは自分の自我を手放せますか?

と聞かれれば、

ほとんどの人がノーと言うでしょう。

「断捨離」というものが
最近では流行しているようですが、

要は、整理整頓のため思い切って
「ものを捨てる」ということのススメでしょうか。

「モノを捨てる」のはなかなかできないことですが、
思い切って捨ててしまうと清々しく、心がスッキリする。

その体感をする人が多いのでしょう。

「ものを得ることの豊かさ」を象徴していた時代から
「ものが無いことの清々しさ」に考え方が
シフトしているのかもしれません。

人間というのは欲望の強い生き物であり、
欲望があるから様々な努力ができるものです。

そして欲望を満たすことで
快感や嬉しさ、楽しさを感じられます。

ただ同時に欲望が悩みや苦しみが生じる
ということもまた事実です。

まさに陰陽の教えのように、光あれば闇がある、

人生の極意はバランスにあるのでしょう。

東洋の思想においては、

欲望にしがみつく「執着」を捨てていくことを
説いているのも興味深いことです。

性格心理学を活用する極意

さて、ここまでエニアグラムを学んできて、

心の真の統合の道は、

これまでの自分のプライド、尊厳、
アイデンティティとなっていたもの、

つまり自分にとって今まで一番大事だ
と思ってきた何かを一度捨てることが

真の人間的成長のための唯一の方法なのだ
と気づいたのでは無いでしょうか。

性格とは自我の囚われなのです。

何かを得れば、何かを失う。。

世の中はそんな循環で成り立っているのです。

その循環が滞った時、

社会も循環が滞れば停滞します。

肉体も循環が滞れば病気になります。

精神も同じなのです。

この性格心理学のテーマで、このサイトでは
冒頭から、性格の特徴に自分を当てはめるだけが
活用の方法ではないと言ってきましたが、

まさに古い自分を捨てることで
新しい自分へと進化することができるのです。

性格心理学の鍵はここにあります。

「自分は何者でもない…」

自分を見つめれば見つめるほど
そういった感覚を感じることでしょう。

性格はあなたを守ってきたが…

自己探求の孤独な旅は、
過去の苦しい記憶を呼び戻すものです。

そしてそれは子供時代に受けた傷の記憶です。

トラウマとして深く残っているものから
もう忘れてしまっている傷まで大小様々な
心の傷を負ってきたものでしょう。

この傷から守るために、性格は作られました。

自分の性格タイプが形成されたのは、

子供時代に自分が他人に見捨てられたと感じ、
その失意や失望になんとか対応しようとした、
その時期なのです。

人は痛みを避けたがるものです。

その対応方法を武器として、
次の痛みを受けないように
訓練してきたようなものです。

強くなれば痛みは感じにくくなります。

が、その防御方法は自分の中の癖として
強く残ってしまいます。

その癖は時に自分を守りますが、
時に自分を傷つけてしまうのです。

1つの武器で戦ってきた私たち

心の本質は常に全体性を持つものです。

そんな中で私たちはそれぞれ、
部分である何かにしがみつき、
心を守ろうとしてしまいます。

エニアグラムではそのパターンが
9つあるというわけです。

興味深いことに、パターンには
ある程度の規則性があるわけです。

私たちはその中で何か1つの武器を使って、
自我を確立してきたわけです。

そしてやがて心も体も私たちは成長します。

それまで傷から守っていた武器は
自分の一部となり、それが自分自身なのだ
と思ってしまうものです。

包丁は料理に使える便利な道具ですが、
同時に指を切ってしまう危険もあるでしょう。

1つの性格(囚われ)を保持し
うまくいくこともあるでしょう。

が、同時に苦しみを生むことにもなる。

これが性格という囚われなのです。

エニアグラムの真の活用法は、

「自分はタイプ◯」と知り安心するのではなく、

自分の確立してきた自我は不完全であることを
直視することなのです。

人生を進化させる方法

受け入れて初めて、そこから
変化をもたらすことができます。

同じ生き方をすれば同じ問題のぶつかります。

真の問題解決は自分を変える、進化するしかないのです。

筋肉は傷ついて成長するように、

心もダメージを受けて成長するものです。

だから自分が受けてきた
過去の傷に直面しなければいけません。

自分らしさの光の部分だけ見ていれば、
安心し気持ちよく、過ごせるでしょう。

しかし、光も闇もあって完全なのです。

自我を次のレベルに成長させるには、

これまでの自我を手放す必要があります。

私たちは幼少期に作った傷と接し、
赦し、慈しみをもって傷となった記憶をたどり、
過去の傷を癒さなければいけません。

これまで確立してきた自我を手放し
さらにもう一度、再統合するのです。

面白いことに、私たち人間の心は
その機能を備えているのです。

これが宗教で言うところの真我(しんが)でしょうか。

自分のダークサイドを受け入れることで
自由となり、目覚め、本当の自分を取り戻せます。

傷は痛いですが、そこに執着すれば苦しみは続きます。

心の武装解除こそが傷を取り除いてくれるのです。

そうして取り戻した新しい自分は、
囚われに足をすくわれることはなくなるでしょう。

もちろん、生きている以上、どんな
性格タイプも「囚われ」を感じるでしょうが、

エニアグラムを学んだ私たちは、
そこに囚われた行動はしなくなります。

何度もエニアグラムを復習し、
自分と向き合う習慣を付ける。

これが何より大事なことなのです。

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