世界の主要宗教と言われる
ユダヤ教、キリスト教、
イスラム教、仏教、ヒンドゥー教
の5つ以外に世界には数え切れない
ほどの宗教や信仰があるものです。
ただここで、
ユダヤ教と日本の神道
誕生した時代も場所も
全く異なる2つの宗教ですが、
意外な類似点もあります。
この辺りを比較しながら考えてみるのは
とても面白いものです。
以前紹介したように、
日ユ同祖論という概念があり、
日本のルーツはユダヤにある説も
確かに言われています。
例えば、
日本神道の頂点とされる伊勢神宮、
その灯籠にはダビデの星が刻印されており、
「やっぱりそうだ!」
と、に日ユ同祖論を裏付ける
考えを持つ人もいます。
ただ、シンプルなマーク1つで
結論づけるのは乱暴な気がします。
もちろん真実は分かりませんが、
やはりその理論は信憑性に欠けると
感じます。
ただ、神道とユダヤ教には
意外な類似点がある事も確かです。
そんな日本とユダヤの共通点と相違点
について考えていきましょう。
古事記と聖書には共通点がある?
聖書の創世記では、
アダムとイブという最初の人間が
エデンの園において作られた
と書かれています。
始めは裸で平気だった彼らは、
知恵の木の実を食べた途端にその事に
恥じらいを感じるようになります。
そして日本の古事記でも、
イザナギとイザナミと言う
男女の神が天からやってきて、
お互いの身体に欠けたる所と
あまり足る所を見出し、
それらの部分をお互いに補い合って
他の神や国々そして日本国民を
生み出していった。
という国産みの物語があります。
ユダヤの聖書の話でも日本の古事記の話にも
共通点がある点が非常に興味深いです。
ただ日本の神道では、古事記は
記録書と位置付けられて聖典とは
みなされていません。
神社にお参りに行っても
古事記は読んだことすらない
日本人がほとんどでしょう。
ユダヤ教と神道の共通点、類似点
他にも、
ユダヤ教と日本の神道の間には
類似点がたくさんあります。
第一に、来世でなく
現世を重んじる点です。
来世での救済に強い関心を抱く
イスラムやキリスト教徒は違います。
またセッ○スを肯定し、
聖職者に独身生活を課さないのも
共通点と言えるでしょう。
肉欲を封じ込める思想は
両者にありません。
生の肯定ぶりは飲酒にも現れ、
ユダヤ教ではワインは喜びの象徴で
安息日の儀式を始め、
様々な祭礼の度に飲まれます。
神道でも清酒を飲みます。
結婚式でも三三九度のように
ユダヤ教でも新郎新婦はワインを
飲み干します。
元来は飲酒を厳禁する宗派である
プロテスタントとは全く違います。
両者とも「偶像の不在」 という点も
共通点でしょう。
仏教では仏様を
キリスト教はイエス像を拝みます。
しかしユダヤ教徒はシナゴーグで
聖櫃の方に向かって祈り、
神社でも神が鎮座している方向に
向かって祈られるだけで、
祈りの対象物は存在しません。
またカトリックやシク教に登場する、
人と神の中間に位置し、
神への取りなし役を果たす
聖者もいません。
さらにユダヤ教と神道は、
民族宗教という点でも同じです。
ユダヤ教では 創造神との契約により
民は神の加護を受ける、
神道は天皇制により神の加護を
受けるという点です。
そして何よりも死の穢れを忌み嫌い、
穢れを払う「清め」という重要な思想と
しきたりが共通点としてあります。
ユダヤ教では死体に接した人、
月経や出産後の女性は ミクベ(沐浴場)
で身を清めます。
これは穢れを洗い清めるために川で行う
神道の禊(みそぎ)と大変似ています。
ユダヤ教と神道の違い
一方で、
もちろん相違点も多々あります。
ユダヤ教が神道と異なる最大の点は、
人が、唯一絶対の神と契約を結ぶ
形式を取る一神教という点でしょう。
中東の不毛な乾燥地帯で、
羊の放牧を行う過酷な暮らしの中で
生きのびるために、
ユダヤ人は極めて厳格な
唯一絶対の裁きの神というものを
作り出す必要があったのでしょう。
一方で、 豊かな水と緑、海の幸、山の幸に
恵まれた日本民族にとって自然は恐れの対象
ではなく、 恵みの対象に他なりませんでした。
それゆえ、そこに暮らす
日本人の祖先は親しみ深く、
とても身近で寛大な 「八百万の神々」の
世界を作り出した多神教の世界です。
自然環境の差は神道とユダヤ教に
大きく影響したのでしょう。
また宗教への厳格さは大きな
相違点ではないでしょうか。
ユダヤ民族は、ユダヤ教という
宗教によってその存在が興り、
それを固く守り続ける事で
今日まで生き延びてきました。
だからこそ、
他国への流浪の歴史でも、
他民族に同化しない為、
宗教も排他的にならざるを得ない
事情がありました。
一方、 島国で四方を海で囲まれ、
他民族への同化の危機が
少なかった日本では、
神道に根ざしながらも神仏習合など
他の宗教や思想を取り入れる
比較的他の宗教に寛容です。
ユダヤ人の宗教観は、
その人がユダヤ教徒か異教徒か
という考えをしますが、
日本では、 生まれた時に神社に参拝し、
キリスト教の教会で結婚式を挙げ
お葬式は仏教で行う…
という事も普通です。
日本人は複数の宗教が混在し、
協調する事に何ら問題を感じません。
これが最も違う点でしょう。
日本とユダヤの類似点、共通点
さらに宗教以外でも、
精神的な共通点があり、
日本人の中にはユダヤ人に対して
特別な親近感や思い入れを抱く人々が
昔からたくさんいました。
その証拠に、大手の書店に行くと
たいてい「ユダヤ本」のコーナーが
設置されています。
また山本七平さんの 『日本人とユダヤ人』
本田健さんの 『ユダヤ人大富豪の教え』
のようなユダヤ本ブームが社会現象
になる事もずいぶんありました。
またイスラエルでも
日本の文化は深く精神的な面で
結びついているようで、
イスラエルでは、 空手、柔道、剣道などの
日本の武道が非常に盛んで、
幼い子供から、学生、大人から年配者まで、
広い世代に渡って稽古をしており、
これも一時的なブームよりむしろ
長い年月をかけた風潮らしく、
日本武道の道場の数は、
国の人口比率で見れば、
世界で最も高いのはイスラエル
だとさえ言われているのです。
2004年までイスラエルが
オリンピックで取った総メダル数は
4個ですが、
そのうち3つは柔道なのです。
これも類似点、共通点からゆえの
親近感かもしれません。
その理由の第一は、
両者がともに封建社会から
近代社会へ急速に押し出され、
第二次大戦で大きな悲劇を
体験しながらも、
戦後は世界を驚かせる復興を
成し遂げた点でしょう。
焼け野原からスタートした
戦後日本と同様に、
ユダヤ人もまた強制収容所から
解放された直後は、
筆舌に尽くしがたい恥ずかしめを受けた
「負け犬」だったからです。
深い部分にあるメンタリティに触れる
何かしらがあるのかもしれません。
日本人はユダヤ人に親近感がわく
また伝統的日本社会の美徳が
(教育の重視、質素、倹約を尊ぶ精神)
ユダヤ社会の美徳と
共通している点でしょう。
それゆえ、
日本人はユダヤ人の中に
我が身の分身を見出したのでしょう。
またアメリカ型の競争社会になりつつある
日本に暮らす我々が今後日本人が国の内外で
遭遇するであろう試練を、
我々に先んじて、アメリカという
熾烈な競争、各社社会の中で体験し、
それを乗り越え、見事に
成功を収めてきた人々なのです。
だからこそ、
日本人はユダヤ人の中に、
見習うべき役割モデル(手本)の
姿を見出そうとしてきたのでしょう。
また、ユダヤ教と神道は、
欧米の白人キリスト教徒からは
神秘の民とみなされており、
日本人の心はなかなか伝わりません。
多くのキリスト教にとって
日本人とユダヤ人は今なお
神秘の民のままなのです。
日ユ同祖論として共通のルーツがある
という理論は少し飛躍した話でしょう。
しかし、何かしら精神的、文化的
或は儀式的な共通点があるのも事実で、
とても不思議な事ですね。
こうした日本とユダヤの違いと
類似点、共通点を見ると、
様々な興味深い事が見えてきます。


コメント